しらす:日本の海の繊細な味わい

富山県・氷見で水揚げされた「しらす」

富山県・氷見で水揚げされた「しらす」

しらす、その繊細な美味しさと豊かな歴史には、日本の食文化の奥深さが詰まり、日本の食文化に深く根ざした食材です。その繊細な味わいは多くの料理人に愛されています。この美味しい海の恵みを理解し、料理に活かすためには、産地、製造方法、歴史的背景などの知識が不可欠です。今回は、プロの料理人やシェフの皆さんに向けて、これらの情報をわかりやすく、啓蒙的な文体で解説します。

しらすの語源

本来、しらすとは、鮎やウナギ、イワシ、ニシン、イカナゴなど、多くの魚の稚魚を指す総称であり、その透明から白い体色が名前の由来となっています。

伝えられるところによると、「しらす」という名前は、江戸時代の奉行所の中の白い砂利が敷かれた「お白州」という言葉からきているとも、体が白いことから「白子(しらす)」と呼ばれるようになったとも言われます。

主にカタクチイワシの稚魚が「しらす」として流通しており、マイワシやウルメイワシも含まれますが、量的にはカタクチイワシが最も多いです。かつては冷蔵技術がないため、生しらすは地元でしか消費されなかったものですが、漁獲法や冷蔵・流通技術の発展により、今では全国どこでも手軽に楽しむことができるようになりました。

しかし、「生しらす」に限っては、通常水揚げされた当日にしか食べる事ができません。足が速く、鮮度が急激に落ちてしまう為、シケや不漁などにより現地まで足を運んでも食べられない事もあります。「生しらす」を求めて現地に赴く際には、お出かけの当日の朝にお店や港などに問い合わせるのがより確実です。

生シラスと干しらす

生シラスと干しらす

流通機構が発達し、一昔前では考えられなかったものが、遠隔地でも食べることの出来るようになった昨今ですが、最高に新鮮な状態で食すためには、それが獲れる(採れる)地に赴いてこそ、その醍醐味を十二分に堪能する事ができるのだと思います。

生しらすはそんな食材の代表格ではないでしょうか。

産地

主に日本の温暖な海域で獲れ、産卵期は、1年を通してだが春から秋が比較的多く特に有名な産地は、神奈川県の相模湾、静岡県の駿河湾、和歌山県沖、そして瀬戸内海の各県と高知県です。これらの地域では、豊富なプランクトンに恵まれた環境でイワシの稚魚が育ち、高品質のしらすを産出します。

干しらす丼

干しらす丼

おせち料理としての「田作り」として加工されるのは瀬戸内海沿岸の各県です。しかし高知では「ドロメ」と呼ばれイワシの生食料理が有名ですが田作りには加工されず乾燥品として出荷されます。

イワシの稚魚のシラスが成長して、体長が4センチ前後になるとうろこが現れ成魚に近くなります。
2cm位を「しらす」、3.5cm以上を「かえり」と呼び、そのなかでも油が少なく青い色のものを生のまま干したものを「田作り」といいます。
カエリの語源は卵がかえるのと同じようにイワシの成魚となる前という意味があるそうです。
それ以上は「いわし」になり、干したものは「いりこ」になります。

岩場で獲れたシラスは黒っぽく、河口など砂地で獲れたシラスは白っぽくなるといいます。たまに、黒っぽいシラスを見かけることがあるのは岩場で獲れたものと思われます。生の場合は、漂白剤や添加物を加えていませんが、干したものには一部入っているものもありますので購入店を考える必要があります。

しらすの種類と特性

このイワシの稚魚ほど全国で呼び名が違うものはありません。
「材料は全く同じなのに、関西でちりめんじゃこと呼ぶのは、シラスを広げて天日干しする際、絹織物の縮緬(ちりめん)を広げたように見えたからだといいます。

一般的には、茹でただけのものを「釜揚げしらす(釜揚げちりめん)」、さらに天日干ししたものを「しらす干し」と呼び、地方や乾燥の具合などによって、「中干しシラス(太白ちりめん・太白・やわ干し・やわ乾・しらす・しらす干し・普通干し)」、゜上干(上乾)チリメン(ちりめん・ちりめんじゃこ・かちり)」などのように呼び名が変わります。

この違いは、シラスに含まれる水分量によって呼び名が異なるのです。

水揚げされたばかりの新鮮な生しらすを大量の湯の中でゆったり、ふっくら茹で上げたものが「釜揚げしらす」(水分率:75~88%)、茹でたしらすを天日干しや乾燥機などで軽く乾燥させたものが「しらす干し」(水分率:65~72%)、さらに乾燥させてかために仕上げたものが「ちりめんじゃこ」(水分率:35~50%)になります。

名称 水分率 状態 別名
釜揚げしらす 75-88% 水揚げしたしらすを塩ゆでしたもの 釜揚げちりめん
しらす干し 65-72% 茹でたしらすを天日干しや乾燥機などで軽く乾燥させたもの 中干しシラス、太白ちりめん、太白(たいはく)、やわ干し、やわ乾、しらす、普通干し
ちりめんじゃこ 35-50% 釜揚げしらすを機械や天日でじっくりとカリカリの食感になるまで干したもの 上干ちりめん、上乾ちりめん、かちり、ちりめんじゃこ、かちり、上乾しらす、上乾ちりめん
中日新聞に取材されていました。

中日新聞に取材されていました。

地域によってもしらすの呼び名や好まれる種類が異なり、関東では「大きさが揃っていて真っ白なしらす」が高値で取引されます。
逆に関西では「お腹の赤いしらす」が好まれ「赤腹」と呼ばれ通常のしらすと区別し販売されています。海老、蟹など甲殻類のプランクトンがお腹に残っているので色が赤いちりめんです。
赤腹は旨味があり、さらに美味しく栄養もバッチリなのです。

これらの違いは、しらすを取り巻く文化や人々の好みが地域ごとに異なることを示しています。

北陸でのしらす漁

近年脚光を浴びるを浴びるようになった私の母の生地である石川県白山市のしらす漁は、平成20年から試験操業、平成23年より本操業を開始しました。手取川から流れ込む美川漁港周辺の海はミネラルが豊富で、稚魚の成育に適した絶好の漁場となっています。5月下旬~6月の頃に、美川の「しらす」漁は最盛期を迎えます。

美川での干し上げ作業

美川での干し上げ作業

かつて美川ではイワシが大量に獲れて(湧いていたとの表現を使います。)獲れた魚と米ぬかでで北陸名産の「いわしのコンカ漬(へしこ漬)」が生まれたところです。

私の90を超える母親が子供の頃は、家族はイワシやコゾクラ(鰤の幼魚・関西ではツバス)をはじめとする多くの海の幸に囲まれて暮らしていました。

母はよく、漁から帰ってきた漁師の手伝いをして、その日の収穫であるイワシを駄賃としてバケツ一杯分をもらって帰るという話をしてくれます。それは、イワシやコゾクラが地元の人々にとって身近であり、生活の一部であったことを物語っています。

今は昔の夢物語になってしまいましたが、冬になると家族は練炭のこたつの上に置かれたズワイガニの子持ガニ「香箱かに」をおやつ代わりに楽しんでいたそうです。

これらの思い出は、食材ひとつひとつに込められた物語や、それを取り巻く人々の生活を今に伝えています。

漁師さんに聞くと、有名な静岡県の田子の浦でとれる「しらす」は富士山の伏流水の湧く場所で捕れるのに対して、美川漁港から15分のところに日本海側の霊峰・白山の伏流水が海底から湧き上がる場所があり、そこでいわしは産卵していると言います。

往時を偲ぶだけでなく大きなイワシも復活してくれればいいですね。

富山の氷見でもしらす漁が盛んになり、その水揚げにも注目が集まっています。

もちろんどちらも「生食」の風習はありませんでしたが、太平洋側の由比ヶ浜や鎌倉の「生しらす」の料理が情報として広がるに連れ需要が拡大し、わざわざ美川や氷見まで「生しらす」を食べに来られる方が増えてきました。

もちろん捕れたてとはいえ生食で美味しいのは獲れてから数時間。
昼食に使う時間までで、夕方にはガクンと味が落ちてしまいます。そのため「干す」という作業が重要になってくるのですが、まだまだ北陸はこの作業の経験が少なく味を凝縮させることができていません。今しばらく温かい目で見ていただくようにお願い致します。

しらすやその加工品の豊かな味わいは、私たちの食卓を彩り続けています。
私の母親のように、しらすを通じて語られる家族の思い出や、それぞれの地域で育まれた食文化は、これからも大切に受け継がれていくことでしょう。しらすをめぐる物語は、私たちにとって身近でありながら、その背景には深い歴史と文化が存在しています。

しらす干しの作り方

釜揚げしらすと太白しらすを作る過程で、鮮度、茹でる時間と温度、そして塩と風は極めて重要な要素です。これらの要素が最終的な品質に大きく影響を及ぼします。また、プロの調理師の間では、産地と製造方法に関しても好みや一番とされる基準があります。それぞれの要素を詳しく見ていきましょう。

鮮度

しらすの鮮度は、釜揚げしらすや太白しらすの品質を左右する最も重要な要素です。
水揚げする港の直ぐ側に工場があることが絶対条件で、生きたままのしらすをすぐに加工することで、生臭さを抑え、しらす本来の甘味と旨味を最大限に引き出すことができます。
鮮度が落ちると、それらの味が損なわれ、風味も劣化するからです。

茹でる時間と温度

茹でる時間と温度の管理も、しらすの食感と風味を決定づける重要なファクターです。
一般的に、しらすは高温の塩水(約90℃)で1~2分程度茹でられます。この過程でしらすのたんぱく質が適度に凝固し、柔らかいがほどよい食感を実現します。温度が低すぎると十分に凝固せず、高すぎると硬くなり過ぎてしまいます。また、茹で時間が長すぎると煮崩れる原因にもなります。

塩は、しらすを茹でる際に使用される重要な調味料です。
適切な量の塩を加えることで、しらすの味を引き立てるとともに、保存性を高める効果もあります。塩分濃度は、しらすの種類や目的によって微調整されます。

特に太白しらすの製造において、風は重要な役割を果たします。

しらすを干す

しらすを干す

適度な風でゆっくりと乾燥させることで、しらすの旨味を凝縮させつつ、風味豊かな仕上がりになります。また、風通しの良い環境での乾燥は、不要な水分を効率良く除去し、保存性を高める効果もあります。私がこれはスゴイと感心したのは海沿いの崖の間に網を張り、そこに吹き上げる上昇気流で干している作業工程でした。

産地と製造方法の関係

日本全国でイワシや稚魚のシラスは水揚げされますが、プランクトンの量や種類によりイワシの稚魚が育ちやすい環境があり、その結果として味の濃淡が出来るようです。

製造方法に関しても、伝統的な技術を守りつつ、現代的な衛生管理や品質管理のもとで加工されたしらすが好まれます。
具体的には、鮮度を保つために捕獲後すぐに加工し、茹でる温度や時間、乾燥の方法など、細部にわたって丁寧に管理された製品が評価されています。

これらの要素を総合的に考慮することで、プロの料理人やシェフは、自分の料理に最適なしらすを選び出すことができます。しらすを扱う際は、これらのポイントを念頭に置き、最高の料理を提供するための知識と技術を活用してください。

しらすは朝食からサラダ、だし巻きなど、多様な料理に活用できる食材です。

今私達が扱っている静岡産の「太白ちりめん」の風味豊かな味わいは、日本の食卓を彩り続けています。

朝食に、野菜との和え物に、だし巻きの具としてや、油でカリカリに揚げてのサラダなどしらすとその加工品は、日本各地で愛され、地域ごとに異なる文化を育んできました。その歴史と文化、そして美味しさを大切にしながら、これからも多くの人に楽しまれることを願っています。