じゅんさいは万葉の時代から知られた食材です
株式会社松本では、生産者や収穫者と直接コミュニケーションをとり、安心・安全で質の高い食材の確保を行っております。
~ 松本社長の食材の旅 ~
シリーズの4回目は、夏の食材としてはずせない じゅんさい の物語です。
ここ2・3年石川県では奥能登・珠洲のじゅんさい (一般的に料理の献立では 順才 と表記します) が出回るようになって来ました。
かっては金沢市郊外の卯辰山でも生育していたじゅんさいも、今や4都県で絶滅、21県で絶滅または準絶滅危惧種となり (「日本のレッドデータ検索システム」2007) 石川県では絶滅危惧II類に分類され、全滅したのではないかといわれていたのですが、復活してきたように思われます。
いままで奥能登にじゅんさいが採れたなんて聞いたことがなかったのに突然、降って沸いたかのような話なのです。いままで誰も見向きもせず、食用に出来るのも知らず、放置されていただけなのでしようか。天然の沼に産するのか、あるいは作られているのか?それもよく分からない状態です。
そこであらゆるツテを頼って、まずはどんなところで生存しているのか、あるいは育てられているのかを確かめるべく、同じ石川県県内ですので車でス~ッと行って見学させてもらうことにしました。と、いっても金沢から2時間強かかる道のりです。
じゅんさいといっても普通の人はわからないので簡単な説明をおこなうと
じゅんさいは世界に広く分布している植物ですが、食用にしているのは中国と日本くらいで、日本では古くから食用として古事記や万葉集などに 「 奴那波・沼縄 (ヌナハ、あるいはヌナワ)」と記載されています。江戸時代中期の 『農業全書』 でも、山野菜の一つに挙げられ、栽培方法についても触れられています。
スイレンなどと同じように葉を水面に浮かべる水草で、澄んだ淡水の池のみに自生し、水面下の茎の頂部から出たヌメリを含む若葉と茎を食用とします。ヌメリやアンコと呼ばれるゼリー状の粘液は栄養的価値は低いのですが、ビタミンBが豊富で、そのものの自体の味を楽しむというより、食感、歯触りとのどごしの良さを楽しむ食材なので、吸い物や三杯酢、わさび酢、わさび醤油などの酢の物に使われます。
全国の生産量の90%が秋田県で、かの地では木舟を浮かべて 「採り子」 が一人乗り込みがジュンサイを収穫する風景が初夏の風物詩として有名です。
水そのものの味を味合う、じゅんさい
じゅんさいは、清らかで豊かな水でしか生きる事ができません。実にその96%以上は水。つまりじゅんさいの味は水の味ともいえます。
そしてもし生活排水や農薬・除草剤などが生息沼に流入すると 味が濁ってくるのはもちろん、じゅんさいは枯れてしまいますので、まさに、じゅんさいは水資源と流域の環境バロメーターともいえます。
じゅんさいは自身が持つヌメリの量こそがその価値であり、身上です。ヌメリがなければ、ただの葉っぱとなってしまいます。つまり新芽や葉が大きいほどヌメリが分散し薄くなってしまい、それは大きく価値を下げてしまうのです。
奥能登の天然じゅんさいとして販売されているこの食材は、粒は大きいのですが、その割りにヌメリの部分が大きいのです。もしもそのなかから Sサイズ、もしくは Tサイズを選別できれば十分商品力があり、当社の基準にあい、販売するレベルにあると判断したのです。
季節を追いかけ日本を縦断していた時代から環境を守る時代に
普段、私どもが取り扱うのは、葉が開く前の蕾のような芽の部分と茎、花のつぼみを手作業で摘み取ったものです。これを一粒一粒手作業で太い茎の部分をカットし排除し、たっぷりのヌメりに覆われた1cmから1.5cmの若芽のみを選び抜いたものです。手間暇掛けて生み出されたものだけが持つ極上の食感をお楽しみいただけると思います。
かって当社は、4月の九州産の収穫から始まり、季節を追って兵庫県産から京都府産、青森産、最後は北海道産と産地を移し提供していました。
しかし前出のように近代化の開発と環境悪化のためにその生産量は激減し、絶滅滅危惧種となり、また品質も悪化の一歩をたどってきました。
そこで私どもは全国の生産地の中から安全性と品質を担保し、お客様に自信をもって販売するために産地を限定することにしました。例えば、私たちは青森県の津軽地方に注目し、手付かずの自然がある津軽国定公園のべんせ湿原近くのじゅんさいも仕入ています。
青森産に限りませんが当社が取り扱う秋田産でも若芽の周りについたヌルとかヌメリやアンコと呼ぶ寒天状の粘液質がほかより豊富で厚く、食感と味が違うと高評価を受けております。
何度も繰り返しますが、品質の良し悪しは、小さなつぼみ若葉についているヌメリの量と味、ヌメリが多ければ多いほど食感がよくなり、味はすなわちヌメリの味、育った水の味ということになります。
日本中から良い食材を集め、使い捨てた時代から、よい味を守り続けるためには、環境を守ることが唯一の道の時代になったのです。
かって日本一の評価をうけた京都の深泥池産 魯山人はかく語る
古くからじゅんさいの最高級品は京都の洛北・深泥池(みどろがいけ)産とされてきました。
しかし私が学生時代にはもはや、その水質は悪化して、まさにその名のとおり深い泥の池と化し、とても食べれる物がある場所とは思えず、産地の名前だけが記録として残っている状態でした。
美食家として名を馳せた芸術家の 北大路魯山人は昭和7年に上梓された「魯山人味道」の「洛北深泥池の蓴菜」の中でじゅんさいについて以下のように述べています。
じゅんさいというものは、古池に生ずる一種の藻草の新芽である。
その新芽がちょうど蓮の巻葉のように細く巻かれた、ようよう長さ五分くらいのものを賞玩するのである。その針のように細く巻かれた萌芽を擁護しているものが、無色透明の、弾力のある、ところてんのような、玉子の白味のような付着物である。
(中略)
これを水中で見ると、そのかわいい芽が水色の胞衣に包まれている。
それは造化の神の教えによって分泌する粘液体である。このぬめぬめの粘液体が厚くじゅんさいの新芽に付着しているために、じゅんさいは美食としての価値がある。
この粘液体がなかったら、じゅんさいは別段に美味いものではない。だから、この価値は粘液体の量の多少によって決まる。ところが池沼によって、このところてん袋が非常に多く付着するものと少ないものとある。
(中略)
そこで、どこのじゅんさいが一番よいかと言うと、京の洛北深泥池みぞろがいけの産が飛切りである。
これは特別な優品で、他に類例を見ないくらい無色透明なところてん袋が多く付着している。
この深泥池のものを壜に詰めて見ると、玉露のような針状態の細い葉が、その軸の元に小さな蕾をつけて、点々と水にまざって浮いているように見える。
眺めるものは正味のじゅんさいが少なくて、水中に浮遊しているようではあるが、壜中、水に見えるものが、すなわち粘液体であって、出して見ると海月くらげの幼児の群れのようにぬめるが、水分はほとんどないと言ってよいくらいである。
そういうものでなくては、ほんとうに美味いものではない。
自分の知っているかぎり、深泥池に産するようなものは余所よそにはないようだ。 ・・・・・ (後略)
(昭和七年・「魯山人味道」中公文庫、中央公論社 より)
現在、この深泥池全体が天然記念物深泥池水生植物群落に指定され、少しずつですがかつての自然の姿に戻りつつあるといいます。
まだ残念ながら水質及び環境の悪化でじゅんさいを採取し、食すことは出来はませんが、環境改善によって植生の復活が見込まれているようですから、遠くない将来、再び味わえる日が来るかもしれません。
初猟や深泥ケ池に道をとり 山口誓子
蓴生ふ池の水(み)かさや春の雨 蕪村
浮き島の位置見失う蓴菜舟 桶本詩葉
見一つを入るる盥(たらい)に蓴採る 鈴鹿野風呂
葉隠に蛇の子がゆく深泥池 惟之
奥能登のじゅんさいに出会う
さて話は戻って奥能登のじゅんさいです。
ツテをたよって出荷者のA氏にお会いしました。
顔写真などはNGといわれたので、仮名にさせてもらいました。去年、金沢の業者さんがホームページで紹介したため、てんやわんやになって迷惑だったというのがその意でした。
農家さんや漁師さんなども一家言を持っている人ほど、この手の話をよく聞きますが、自分の仕事に集中したいという使命感の発露がその真意でしょう。
池か沼で採取しているのですか?
とお聞きしたところ、田んぼで米を作らなくなったので休耕田を利用してじゅんさいを栽培している。試しに市場に出荷したら案外と好評で自分自身で驚いているのですよ。ゴルフが好きなので何回分かのプレー代が出れば、それで十分なのですがね。
天然という評価は、農薬も肥料もやっていないからですが、それが独り立ちして勝手に走っている状態なので本人としてはかえって迷惑している。とのことでした。
栽培現場を見せてくれるというので能登半島の先端・軍艦島として有名な見附島の近くの珠洲から深い山の中に入っていきます。日本で初めて世界農業遺産に認定された、輪島の近くの小さい田が海まで迫る千枚田のまさに逆で、山頂近くまで小さな田が迫ります。近くまでは車で行けるのですが、何度か下に落ちそうになるくらいの道を上り下りしたところに、その地がありました。
手間ひまをかけて特選品を出荷しませんか!
山水(やまみず)を取り入れてかっての田んぼで遊びで鯉を飼っていたのを、2年前からこれまた遊びでじゅんさいを栽培してみたと、笑って話をされます。遊びといいながら農業試験所に相談したり、秋田までじゅんさいの栽培を習いに行ったりと本気度は全開です。
ゴム長をはいて現物を見せていただきましたが、そのヌメリ・アンコの付き方は、採ってすぐのこともありますが、いいつき方をしています。但し摘み取りの時期が遅いため大きく育ちすぎています。大きくなる前に摘み取ってくれれば品質が上がります。
しかし次から次へと摘み取っていけば、次から次へと新芽は出てきますが、自分の見るところ収穫量は年間で100K超~200K位でしようか。
青森や秋田でもそうですが、大きいものは地元消費や自家消費、中位のものは青果市場に出荷し、選別に選別を繰り返しヌメリを多くもち小さいものだけを特選品として我々のマーケットに出荷します。その量は全体量の5~7%と聞いています。
私のために朝のうちに採取した総量を確認しましたが、いまの摘み取りのやり方では、やはり5%程度でしょうか。当然ながら手間がかかる分、買取料は高く設定してその労力に応えさせてもらうのですが、買い取り値段は十分にありがたいことですが、仕組み的にうちで出来るのかしらと思案げです。
大きな産地と同じように何件かの農家が集まって、共同の作業をすることによりマスメリットを享受し、品質の安定はからないといけないのかもしれません。また山水だけでは、真夏に水不足になる可能性や水質悪化の恐れも考えられるのできれいな水源の確保も必要となります。
当社の基準をクリアーするには仕組み、その他で、ひとっ飛びには出来ませんが、まずは当社基準の大きさとヌメリの量を確認してもらうために、当社の現物を見てもらうことにして、またの再開を誓い合いました。
がんばれ! 奥能登のじゅんさい!
2015年 5月25日 訪問