秋から冬へ:モクズガニが語る日本の食文化

カニミソと卵をたっぷりと持ったメスのモクズガニ

カニミソと卵をたっぷりと持ったメスのモクズガニ

モクズガニは、古くから日本人に親しまれてきた郷土の味覚であり、特に秋から冬にかけて旬を迎えます。プロの調理師にとって、モクズガニを使った料理は素材の持つ旨味を引き出す腕の見せどころです。貴重な食材を活かし、地域の伝統を感じさせる料理を提供することで、旬の味わいとともに、お客様に特別な体験を届けてください。

日本昔話の「さるかに合戦」を知っていますか?

ずる賢い猿が蟹を騙して蟹の子供に仕返しされるカニは「モクズガニ」って知っていましたか?
そうですよね。陸にいるカニですよね。ズワイカニや渡ガニなら海の中ですし、沢ガニは小さすぎておにぎりを持てるわけありませんものね。

サルカニ合戦

サルカニ合戦

「モクズガニ」は、北海道から九州、沖縄にまで広く分布し土地土地で呼び名が変わり、「ガニ」や「ガネ」、「ツガニ」などと呼ばれます。甲幅は7-8cm、体重180gほどに成長する、川に産するカニの中では大型種で、鋏脚に濃い毛が生えるのが大きな特徴です。

元気が良すぎて逃げ出すから気をつけてください。

元気が良すぎて逃げ出すから気をつけてください。

モクズガニというのは今では都会の人には聞き慣れない言葉とは思いますが、中華の上海料理で有名な「上海蟹」ならば知らない人はいないでしょう。モクズガニは「和製・上海蟹」と言うべき、上海蟹の同属異種となります。

上海ガニは正式には「チュウゴクモクズガニ」と言います。判別方法としてモクズガニは甲羅の前側縁の突起が3つに対しチュウゴクモクズガニは4つとなっています。
大きさや味などについてはほとんど同じであるため、料理人としては、中華料理の技法を和食に取り入れてアレンジしても面白い味わいができると思います。

旧石器自体から食べていたモクズガニ

日本では古くから食用として採取されていて世界最古の釣り針が出土した沖縄県南城市のサキタリ洞遺跡から、約2万3千年前の地層からモクズガニの爪が約1万点出土しています。

川辺でモクズガニを採取するイメージ

川辺でモクズガニを採取するイメージ

中国では養殖が盛んですが、日本では漁獲量が少なく輸送も難しいため、市場にはあまり出回らず、ごく地元の狭い地域でしか知られられない貴重な川のカニです。オスとメスはフンドシと呼ばれる腹部の形状やハサミの大きさで見分け、小さいハサミはメスで子が珍重されて特に美味しく、上海蟹と同じく可食部は少ないですが、濃厚な味わいのカニミソは絶品です。

少し食べにくいものの、苦労を上回る味わいがあります。モクズガニを茹でると強い旨味が出るため、潮汁や炊き込みご飯、このエキスを活かしたスープでも美味しいです。

秋から冬に河口に集まるモクズガニ

上海蟹と同じく秋から冬にかけて産卵のために海に下るため、旬は10月下旬~2月くらいまでとなります。これは上海蟹の旬とほぼ同じで、中国では「九雌十雄」と言われます。意味は、10月の雌、11月の雄が最高であると言う意味となります (※上記熟語の漢数字は旧暦となります)。

理由は、雌は10月に卵をたくさん抱いており、雄は11月に白子がみっちり詰まっている為です。日本でも同じで親ガニは河川に生息していますが、秋から冬に産卵のため河川を下り、河口の汽水域で幼生を放出します。幼生は、稚ガニになると河川を上り、上流で成長します。
繁殖を行ったカニは再び上流に戻ることはなく、繁殖行動をとったカニは数日のうちに死んでしまいます。そして海で生まれたカニは川を遡上し、3年~5年をかけて成長し、親ガニと同様に産卵のためにまた海を下るのです。

一般的には、ゆでる、蒸す、みそ汁(つがに汁)、炊き込みご飯などにして食します。
成熟したメスの卵巣(内まこ)は、こってりして甘みがあり珍味として愛好され、メスはオスよりも高値で取引されます。雄は身の味、特にカニツメが大きく美味しく、内子を求めるならば雌です。

爪に挟まれないようにね

爪に挟まれないようにね

甲を開くと現れる「カニミソ」と呼ばれる中腸腺(黄色)と、脚の付け根にある筋肉の一部であり、さらに成熟したメスでは発達した卵巣(生時褐色、加熱すると橙色)、オスでは大型の鋏脚の筋肉も味わうことができます。

海産のカニと異なる独特の甘みの強いカニミソは、珍味として愛好され、特に卵巣の発達したメスはオスよりも珍重されています。料理は塩茹でやがん汁などがあり、郷土料理として供する所も多く見られます。

見た目は香箱に似ていても、味はもっと強烈です。味噌はこの系統の蟹らしくバターのような脂感のある濃厚で深い味です。他の蟹にはない独特な旨味です。内子も香箱と比べるとより濃厚でチーズのような旨味を感じます。雄の味噌は、見た目からしてトロットロの黄色い蟹味噌。雌よりもより濃厚でとろける旨さです。。

富山産モクズガニの特徴

北陸では福井県の永平寺町の九頭竜川。石川県では能登、手取川。そして富山県では金沢との境目、医王山のすぐ裏のスキー場・イオックスアローザの近くを流れる小矢部川が日本有数のモクズガニの産地とされています。
この小矢部川のモクズガニは極端なことを言えば、採取する場所からの距離的には金沢産と言っても過言ではありません。

モクズガニは夜行性のため、夜に漁を行います。

モクズガニは夜行性のため、夜に漁を行います。

もともとこの小矢部川のモクズガニは特に評判が高く、寒冷な気候と清らかな水源で育つため、身が引き締まり、カニの旨味が凝縮されています。甲羅の中の味噌も濃厚で、これが料理に深いコクを加えます。富山の料理人の間では「蟹の中でも最も贅沢な味わいを持つ」として評価され、特に秋の献立に欠かせない存在です。(なお、富山で一番大きい川の神通川は、年間を通して禁漁となっています。)

モクズガニは、江戸時代から食材として重宝されてきた歴史があります。中でも富山産のものは、江戸の庶民にも愛されていた記録が残るほど。日本料理の技術が発展する中で、素材そのものの旨味を引き出す調理法として蒸しや鍋が普及しました。
また、蟹味噌の濃厚さが他のカニとは異なるため、料理人は繊細な味付けで素材の風味を活かすことが求められます。蟹味噌が主役級の味わいを持つモクズガニは、プロの料理人にとって腕の見せどころなのです。

このモクズガニを集めてきます

金沢産と言っても(言いすぎかしら、でも石川県から直線で800メートルがスキー場)過言でもありません。前述のようにモクズガニは秋から冬にかけて繁殖のために海へ下ります。
そのため日本全国どこでも採取する場所は河口(汽水域)なのですが、さすがに、そこまで下ると量は取れるのですが、生活排水もあり水質の汚染の可能性なのでしょうか、身質に影響があり、スキッとした味、濃厚な味がボケてしまっています。
だからこそ私達は上流の採取にこだわっているのです。

「モクズガニ」という名前ですが、「屑」にはしたくないと漁師は言っています。(面白いことをいう漁師なんです。)

日本のモクズガニ平均は5cm~8cmで100g前後なのに、私達が取り扱うのはメスで10cm前後、オスの方が大きく爪も立派で15cmを超え500gになるという日本でも有数の大きさを取り揃え、活の状態で11月から2月の間に取り扱います。

オスのモクズガニのカニツメは大きく美味です。

オスのモクズガニのカニツメは大きく美味です。

ただし、12月も中頃になるとアラレや雪・嵐の天候となると漁は行いませんので、その際はご容赦ください。当面はズワイガニのメスの香箱ガニに対抗してメスだけを扱いたいと思っています。

モクズガニの調理法

モクズガニは、その濃厚な味噌と甘みのある身を活かすため、以下の調理法がおすすめです。

蒸し蟹:シンプルに蒸すことで、素材本来の旨味を堪能できます。
    甲羅を下にして、ふんどしに塩をして酒を振りかけるとよい。
塩ゆで:塩は3%の目安で、甲羅を下にして入れ、中火で熱する。
    クセが強いのが弱い人は塩ゆでがおすすめ。万人受けする味
鍋料理:カニ鍋や味噌汁にすることで、出汁に蟹の風味が溶け込み、深い味わいを楽しめます。
甲羅焼き:蟹味噌を甲羅に入れて焼くことで、香ばしさと濃厚な味わいが引き立ちます。

また、モクズガニは泥抜きが重要で、数日間清水で飼育し、泥臭さを取り除くことで、より美味しくいただけます。モクズガニは、日本各地で親しまれる秋の味覚であり、特に富山県や佐賀県唐津市のものは高い評価を受けています。

プロの料理人として、その特性を活かした調理法で提供することで、お客様に特別な体験を提供できるでしょう。ぜひ、旬のモクズガニを使った料理で、季節の味わいをお楽しみください。

モクズガニの食の歴史

モクズガニ(藻屑蟹)は、日本各地の河川に生息する淡水産のカニで、古くから食材として親しまれてきました。江戸時代には、江戸の庶民にも愛されていた記録が残っており、特に秋の味覚として重宝されていました。

江戸時代の文献には「川カニ」や「沢ガニ」として淡水で捕れるカニに関する記述が散見されますが、特定の種(たとえばモクズガニやサワガニ)を示す表記は少ないです。当時の人々にとって、河川や淡水域で獲れるカニ類は「川ガニ」として総称されていた傾向があり、種類を細かく区別して記述することはほとんどありませんでした。

しかし、一部の文献や風俗記録には「川カニ」が登場し、特に秋の味覚や汁物、煮物の材料として使われていたことがわかります。また、古い料理書に登場する「川カニ」を使った料理のいくつかには、河川で獲れる比較的大型のカニ(つまりモクズガニ)の特徴が当てはまるものもあり、モクズガニである可能性はあると推測されています。

一つのカニカゴにこれだけ入っていれば大漁です。

一つのカニカゴにこれだけ入っていれば大漁です。

川カニ(または淡水のカニ)に関する記述がある、または川カニとしてモクズガニが推測される江戸時代の文献を、古い順にご紹介します。

『料理物語』(1643年)
『本朝食鑑』(ほんちょうしょっかん、1697年)
『和漢三才図会』(わかんさんさいずえ、1712年)
『守貞謾稿』(もりさだまんこう、1837年~1853年)

これらには江戸時代末期の風俗や生活文化に関する記述が多く、当時の庶民が川で獲れる食材を利用していた様子がうかがえます。
これらの文献は幅広い食材や風俗について記録されているため、「川カニ」や淡水カニに該当する食材としてモクズガニが含まれていた可能性があると考えられますが、江戸時代の文献における「カニ」は総称的に使われることが多く、淡水で獲れるカニがどれに該当するかは厳密には不明です。

モクズガニと確認のできる文献は、およそ200年余り前から伝わっているとされる旧今泉村(現在の陸前高田市気仙町今泉)の吉田家に伝わる料理書「四條流御料理極秘書」です。そこには「カニのふわふわ」という、気仙川で獲れるモクズガニを使用した伝統的な「かに汁」料理が記載されています。

実は、日本全国どこでも郷土料理としてモクズガニを利用した「かに汁」が特別な名前として残っているのです。

岩手県では「カニのふわふわ」
静岡県では「ふわふわ」
島根県では「つがに汁」
高知県では、「ズガニ汁」
大分県では「がん汁」熊本県、長崎県では「ふわふわ味噌汁」
宮崎県では「かにまき汁」

作り方はどの地方でもほぼ同じなのです。

① 生きているモクズガニを手に入れ、流水でよく洗う。
② 石臼とすりこぎで丸ごとのモクズガニをどろどろになるまで叩きつぶし、水を少しずつ加えながら混ぜ合わせる。
③ ざるでどろどろの液を濾して鍋に移し、適量の水を加えて火にかける。
④2 0分間くらいして十分に火が通ったら味噌で味をととのえる。椀に移し、小口切りの青ネギを散らす。

カニと味噌の成分でメレンゲのようなふんわりしたまとまりができあがり、汁は澄んできます。
これにお好みで生姜やネギ、ゆずの皮などを薬味として入れ、食べる。
口触りがよく濃厚なうまみが広がるのが特徴の郷土料理なのです。

この味噌汁は、すり潰したカニが放つ豊かな香りと、濃厚な旨味がたっぷり味わえるのが魅力です。さらに、殻ごと煮出すことでミネラルも多く含まれ、出汁に厚みが加わります。
秋の訪れとともに旬を迎える川ガニを使うことで、季節感あふれる味わいを楽しむことができます。

日本一古い・料理屋「飴源」

さて、日本でモクズガニを提供する最も古い料理屋として確認できるのは、佐賀県唐津市にある飴源さんで、創業は天保9年(1838年)なので創業186年です。(佐賀県での名前は、ツガニ)
初代の源吉さんが川魚料理・水飴を営んでいたことから「飴屋の源さん」と呼ばれ、これが屋号の由来となったミシュラン二つ星の川魚料理の名店です。

店の前に流れる玉島川では、はるか昔、神功皇后が三韓征伐の際にアユ釣りをして戦勝を占ったという言い伝えが残っています。実は「鮎(アユ)」という漢字の由来も、この故事の「占う」からきているのです。

なぜ私がこの店を知っているかというと、むかしむかしまだ私が20代で飴源さんの先代のときに「加賀料理のゴリというのはどんな魚ですか?」と問い合わせがあり、何回か送った時にお店のパンフレットを貰ったことがあったのです。
知識と経験が足りなかった私は初めてその時に「モクズガニ」の存在を知って、親父に「なんと情けない!」と怒られたという情けない話なんです。

日本人に共通の調理技術・味の好み

東北地方の「かにのふわふわ」と江戸時代から続く料理屋「飴源」のカニ汁には共通点があります。
これらから導き出されるのは、日本各地で淡水産のカニを用いた郷土料理が長い伝統を持ちながらも、その土地ごとに独自の技法で発展しながらも日本人としての美味を求めていった結果、同じ結論に至ったということです。

つまり日本全国に同じ調理技術として伝わるのは、貴重な食材を余すことなく活かし、濃厚な旨味を楽しむ知恵と、淡水のカニを美味しくいただくための工夫として地域で共有されていた可能性があります。

郷土料理としての季節感

つまり秋から冬にかけて川ガニが旬を迎えるため、どちらの地域でも季節の味覚として川ガニの料理が楽しまれてきた点が共通しています。両者とも、その季節感を大切にし、自然の恵みを料理に取り込んでいる点が際立っています。

これから導き出されるのは、日本全国の郷土料理が、季節の食材に依存しながら発展してきたという普遍的な傾向です。特に江戸時代、各地で旬の食材を用いることで、地域に根ざした「季節の食卓」が形成されていたことが推測されます。

江戸時代からの伝統的な調理法の継承

飴源さんは江戸時代から続く伝統の料理屋で、同じ調理法が長年にわたり伝承されてきたとされます。
東北地方の「かにのふわふわ」も、郷土料理として長年伝えられてきたことが考えられます。
江戸時代以降、地方で愛された調理法がそのまま現代にも残っている点で、両者には深い共通点があります。
このことから、江戸時代の日本では、どの地方においても、貴重な食材を丁寧に扱う技法が発展し、その技法が郷土料理として根付き、現代にまで受け継がれてきたことが伺えます。各地の川カニを用いた料理は、そうした「土地の知恵」の一例です。

栄養価や旨味の強化を重視した調理

カニを殻ごと煮出す技法は、カニの殻に含まれるカルシウムやミネラル、そして旨味成分をスープに溶け込ませることで、栄養価を高めています。飴源のカニ汁とふわふわ味噌汁は、いずれも滋養豊かな料理として愛されており、寒冷地や川魚中心の地域では重要な栄養源となっていた可能性があります。

これは、食材の持つ力を最大限に引き出し、栄養豊かな料理を作る知恵として共通している点です。
以上の共通点から、両者には「地域の食材を活かした知恵」と「伝統の調理法が土地ごとに発展し、独自の郷土料理として受け継がれてきた」ことが導き出されます。

プロの調理師の皆さんには、こうした日本の伝統的な食文化の知恵を生かし、季節感や土地の味わいを引き継ぐ料理をぜひご検討いただきたいです。モクズガニの旨味と滋養を引き出す技法を通じて、お客様に「美食」の喜びを提供し、新たな料理の可能性を見出しましょう。