創業の精神・スピリットを伝え続ける つば甚

ビップルームの月の間

庶民からも愛された料亭

 江戸時代の文献を調べていた時、ちょうど金沢城と寺町台にあるこの料理屋の反対側にすんでいる職人が、ここで食事をした後、フラフラと月明かりの中を金沢城を迂回して彼の住まいまで帰ったという日記を見つけたことがあります。

食事代は現代のお金でなんと五万円。年に何回かの仲間内の会合だったと記憶していますが、平生の食事はご飯と味噌汁と目刺だけという質素なものでした。
また、うろ覚えながらその時、調べた幾つかの献立にはふかひれや燕の巣などの高級珍味もすでに使われていた記憶があります。

歴史のなぞは蔵の中にあり

 奥の細道で有名な松尾芭蕉も訪れて句会を催したといわれている 「つば甚」 の創業は宝暦二年 (1752年)。 代々加賀百万石・前田家のお抱え鍔師であった三代目甚兵衛が営んだ小亭、塩梅屋(あんばいや) 「つば屋」 が始まりとされています。

ひな祭りにちなんで

玄関には、ひな祭りの飾りつけ。金沢は旧暦にちなんで4月3日まで飾ります

初めのお客は友人知人ではありましたが、商いを始めるや、藩主はもとより藩内の重臣、文人、墨客も訪れ、明治の元勲・伊藤博文など各時代の主役達が訪れた料亭です。

この店には古くからの献立帖が蔵の中に残っており、整理することが出来れば多くの知られざる歴史のなぞがわかることででしょう。

三四半世紀(75年)を超えるつながり

 私どもとこの店の付き合いは、うちの先代とつば甚さんの先代のときからですでに70年を過ぎています。調理長の代を坂のぼれば、現在の調理長 ・ 川村 氏 → 鈴木 氏 → 荒木 氏 → 岡島 氏 → 前田 氏 → 湊屋 氏 と6代にわたってお世話になっています。

この日のお楽しみは、ルビーロマンのワイン

この日のお楽しみは、 ルビーロマンのワイン ほのかに赤い色が付いているのが見えます

今の川村氏 は入社しすでに28年を超えていますが、初めて調理場に入ったときから積極的、自発的、ポジテブで明るく、光っていたのを覚えています。長きに渡り多くの調理人を見てきましたが、どんな業態、業種の店に入って修行をしようが、上に立つべき人は、若い時から明るく、素直で、みなに好かれるという多くの共通点があるものです。

風土・空気・人がつば甚の人を育てる

 親を見て子は育つといいますが、ここの調理場のスタッフはみな素直でまじめな子が揃っています。調理長の性格が、その弟子に当たるスタッフに移るのはよくよくあることですが、この店が途中入社をあまり取らないことから、新人はその白衣と同じように真っ白な状態で入ってくるため、親方の色に染めやすい。ということもあるのではないでしょうか。

九谷焼のボトルに入っています

九谷焼の紅いボトルに入っています。ルビーロマンはこの年、一房100万円の値がつきました。

途中入社を認めないというのは、中堅が厚くなければ出来ないことですが、調理場の運営を考えれば一番良い方法で、260年続いている店の歴史に基づく味が不断なく続いていくことになります。また全国から修行に来るものも多く、やる気のあるものが必然的に集まり、なまけ癖のあるものや労働をお金に変えようとするものは、ひとりでにはじかれ、切磋琢磨する空気をかもし出す、そんな調理場になっています。

ここには一癖も二癖もあるものは一時もいられないのです。一から育て上げる子飼いの社員の良いとこは、会社思いであることは間違いなく、調理長の腕と統率力が必要となります。オーナーとしては、このバランスが難しく、全国の多くの店の中でもバランスを欠いているところもときどき見受けられます。

前菜と付き出し

前菜と付き出し:器の上にかけてあるのは女将が手作りで季節の花を描いてあります

 多くの調理師にとって自分の店を持つのが夢といいますが、その働く店にとっては味を引き継いでいる調理長がずっと向上心を持ち精進してくれたほうが1番良く、食べに来るお客さんにとってもいつでも水準以上の料理を楽しめる事となります。
かたや調理長にとっても自分の力だけでは到達できないステージの上で、多くのお客様の笑顔と共に腕を振るえるのですから調理長と店とが協力して更なる高みを目指すべきです。

常に満足してくれたかと自分に問いかける

 さて彼の料理は10年ほど前から肩の力が抜け円熟味を増してきました。私たちと話をしていても、まず最初に彼が語ることは、「今日のお客さんは満足してくれただろうか?」 という言葉で、彼のお客様目線が他人にも見えるようになってきました。

前菜の盛り込み

前菜の盛込み:厚焼玉子・数の子粕漬・きんかんイクラ・本カラスミ・イカ黄身焼き・葉わさび 等

 かつて彼の若い頃、店の朝礼で 大女将に 「給料は誰からもらっているの?」  と問われた時に、自信を持って 「今日みえられたお客様からいただいたお金が僕たちの給料になるんです」 って言ったら 「バカもの」 って言われたそうです。

「このお金は、まだおまえ達の物にはならないんだよ。このお客様が次来た時に、初めて今日のお金がやっとあなた達の物になるんです。このお金はまだ預かり金です。それまでに、また来てくれる様な努力をしなければいけません。店を続けて行く事は、こういう事です」 と、教えられたそうです。

 調理技術を若い子に教えるのはもちろん、何世代にも渡ってつば甚で培われてきた精神・スピリットを伝えていくのも彼の仕事でしょう。彼のオーソドックスでけれんみのない料理は、どこに出しても恥ずかしくなく、金沢を代表する料理に仕上がっています。

     さあ、もう語るのはやめて、素直な心でいただきましょう!

付き出し

付き出し:トラフグと鉄皮。ポンズジュレで

芸子さんの踊り

芸子さんの踊りで宴が始まります

椀物

椀物

椀物

椀物

刺身

刺身:甘海老・ヒラメ・イカ・たぐり湯葉

鰤塩焼き・能登娘(大根)

鰤塩焼:紫の大根おろし(能登娘)にレモンを絞れば大根はたちまちピンク色に変色します。遊び心です。

蒸し物

蒸し物

はす蒸し

はす蒸し:日本一の加賀れんこんを使います。モチモチです。

強肴:竹の子付け焼き

強肴・竹の子付け焼:柔らかい新竹の子は春の香りが強く、生命が体に入っていく感じです。

おひとつどうぞ

おひとつどうぞ。これぞ金沢の料亭の楽しみの一つ

酢の物:アワビ酒蒸し、ホタルイカ

酢の物:アワビ酒蒸し、ホタルイカ、黄身酢を添えて

竹筒に入れたおこわと止椀

竹筒に入れて、蒸したおこわと止椀

水菓子

水菓子:天に乗っているのは五郎島金時のチップです。食感の変化を楽しみます。

接客さんは大忙しです

接客さんは大忙し。いつも笑顔を忘れずにありがとう。

2月21日 夜
  つば甚
〒921-8033 石川県金沢市寺町5−1−8
         076-241-2181

[mappress mapid=”17″]