ホスピタリティと食で金沢を世界に

北陸新幹線

北陸新幹線

シニア層、エルダー世代といわれる時間もお金も余裕のある層が増え、ジャパネットタカダさんのように消費の中心をこれらの層におき事業展開を考えなければいけない時代になっています。また訪日外国人数も去年は1300万人を超え、円安の影響でアジア一辺倒から欧米からも急増しています。そして北陸新幹線の開通まで20日間を切りました。
私がフードアナリストとして2年まえに提出した論文にタイムリーなものがありましたので公開します。

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フードアナリスト・会員番号25042013 松本信之

「ホスピタリティと食で金沢を世界に」

  平成26年度末までに北陸新幹線の長野~金沢間が開業する。これにより東京から金沢間は乗り換えの必要がなくなり、移動時間が約1時間20分短縮され、約2時間30分で行き来できるようになる。
時間短縮効果に伴い、首都圏から多くの人を呼び込むことが可能となり地域経済の活性化が図られるものと期待されている。これを一過性のものに終わらせずに継続させるにはどうしたらよいか、考察する。

圧倒的な輸送能力の獲得

 具体的には、現行の東京~長野間の運行本数がそのままだとすれば、座席数は年間往復約1800万席 (12両編成×934席×上下54本運行) なので、単純計算なら1800万人がプラスとなる。

現在の金沢駅の乗降者数は、年間約1500万人 (平成19年) で飛行機での入れ込み客数は、年間約300万席 (現行の小松~羽田便・往復22本)。合わせて1800万人が石川県へ地元客を含め乗り降りしている。

 先行開業地域の整備効果をみれば、東京~長野間の北陸新幹線は、利用者数が開業前の1・5倍となり、高崎~長野間の経済波及効果は、1240億円。 (開業後10年目)。
東北新幹線・盛岡~八戸間は、利用者数が開業前の1・6倍、経済波及効果は390億円 (開業後5年目)。
九州新幹線鹿児島ルート・新八代~鹿児島中央は、利用者数が開業前の3・1倍、経済波及効果は250億円 (開業後5年目)。
博多~鹿児島中央・全線開業の九州新幹線鹿児島ルートは、博多~熊本の利用者数が開業前の1・4倍、熊本~鹿児島中央は、1・7倍、鹿児島県だけの経済波及効果は464億円 (平成23年度)。
 これらの事例を基にすれば、最低でも開業前列車利用実績の1・5倍以上が考えられ、1500万の0・5倍で750万人が新規の旅行客と予測される。
石川県の経済効果の予測では、148億円。日本政策投資銀行の試算では、124億が予想されている。
 しかし、翌年には北海道新幹線が開通し、金沢は忘れられた存在になる可能性が考えられる。金沢とすれば、1年目に初めて訪れた旅行客をいかにリピーターに変えることが出来るかどうかが主要な命題となる。

人は文化にあこがれ集まる

 日本でもっとも商品が売れたのは高度経済成長時代で、今は物の売れない時代といわれている。家庭の中には電化製品があふれ、欲しい物はなにもないという状況だが、その中でも売れているのは 「文化的な商品」 だ。

 近年、日本は中国や韓国に負けたと思われている。大型家電販売店へ行けばソニーやシャープではなくサムスンが一番いい場所を占拠し、携帯電話のメーカーもいつの間にかにパナソニックや日立ではなくサムスンがシェアを占めている。巷では韓流ブームで歌やドラマなど韓国の文化が流入している。
しかし韓国との貿易収支は逆転しているわけではない。統計数字を見ると、日本はここ10年ほぼあらゆる国に対して貿易黒字を出し続けている。

 アメリカ、EU、中国、台湾、韓国をみても軒並み黒字になっている。ではそれらはどこへ消えているかというと、ひとつは中東の石油である。どうしても日本を維持していくにはエネルギーが必要だから、これは仕方がない。エネルギー以外で日本が貿易赤字を出しているのが、フランスとイタリアである。

この2ヶ国が作り出す文化的な商品をどんどん買っているわけだ。文化のわかる客層が主な購買層となっている。国外・国内を問わず、ここを目指すべきと考えている。歴史的に見て、古くは刀剣・螺鈿・蒔絵。さらには古伊万里、浮世絵、最近では日本料理などフランス・イタリアに匹敵する文化大国なのに、なぜか自国のことを過小評価・卑下してしまっている。

 水と同じで 「文化は高いところから低いところへ流れる」 といわれている。日本マクドナルドの創業者・藤田田氏が文化流水理論を唱えたように、欧米で主流であった洋服が明治維新で日本に取り入れられ、アメリカで流行っていたファーストフードが日本で大ブレイクをし、日本のファッションがアジアで受入れられていること。これらは全て高きところから低きところへ文明が伝わっていく例である。この文化流水理論のポイントは、低いところから高いところへは、水 (文明) は登って行かない、という点にある。

誤解を恐れずにいえば、アジアの発展途上国の文明は日本にやって来ないのである。日本の芯柱さえしっかりしていれば日本の文化にあこがれてアジアの発展途上国の人々は大挙して日本を訪れる。金沢が培った文化が東京の文化に覆いつくされない限り、首都圏からもあこがれて高感度の人が訪れるのである。

 国立民族学博物館名誉教授・石森秀三博士によれば、人類はこれまでに三度にわたる観光革命 (観光をめぐる構造的変化) を経験してきたという。

 第1次観光革命は1860年代に欧州の富裕階級を担い手として発生し、古代文明にあこがれてイタリアやギリシャやエジプトを訪れている。
第2次観光革命は1910年代に米国の中産階級を担い手として発生し、ヨーロッパの近代文明にひきつけられました。
第3次観光革命は1960年代に日本を含む北の先進諸国で発生しました。60%の人はヨーロッパへ、20%の人がアメリカへ行きました。アフリカを訪れたのはわずか2%に過ぎないのである。それはなぜか、欧米に強力な文明の磁力があったからだ。
さらに第4次観光革命はアジアにおいて確実に 「観光ビックバン」 という大きさで生じると論じている。

 富士山の世界文化遺産登録に加え円安の追い風を受けて俄然盛り上がる外国人観光客への期待だが、日本は豊かな四季折々の自然や治安の良さ、気づかい、心づかいなど潜在力は高いといわれながら、結果が出せずに終わっている。
国は2016年に外国人観光客1800万人誘致の目標を掲げているが、去年の実績は837万人。8000万人のフランスに遠く及ばず世界30位前後。一方、ライバル・韓国は 「韓流文化」 の輸出と連動する戦略で去年1000万人の大台を達成した。

こうした事態を打破するには、 「景勝地を効率よく回って夜はホテルで宴会」 といった団体旅行全盛期に生まれた観光スタイルからの完全脱却や、 「地元発案」 による地域の魅力の再発見、隣接する地域との協力関係の構築など 「観光革命」 と呼べる抜本的な発想の転換が求められているのである。

また世界各国は富裕層旅行者をターゲットにした観光プロモーションに力を入れ始めている。世界で100万ドル (約1億円) 以上の資産を保有する富裕層人口は2007年末に1000万人を突破した。原油高で潤う中東地域の富裕層が大幅に増え、インドや中国でも伸びが目立っている。日本でも151万人の富裕層が存在している。国別の増加率トップはインドで約22%、ついで中国が約20%、3位のブラジルが約19%と続いている。まさにBRICs諸国 (ブラジル・ロシア・インド・中国・と南アフリカ) において富裕層が急増しているのである。この層こそ金沢がターゲットとすべき層なのである。

金沢への提言

 金沢がこれら海外の富裕層や首都圏の富裕層・高感度な人々をくみ上げるためにはどうしたらよいのか。文化的な商品のキーワードとして、 「ハイセンス」 「そこにしかない」 「少量で良いものを」、そして 「丁寧なおもてなし」。すなわち 「ホスピタリティ」 と、そこに 「しつらえ」 をそえて、文化を売ることだ。特にホスピタリティと食がキーワードとなる。

 山形の庄内にいつも予約が取れにくいイタリアン・レストラン 「アル・ケッチァーノ」 がある。世界中から三ッ星レストランのシェフが大挙して訪れている。奥田政行シェフの料理を支えるものは地元・庄内への熱い思いだ。開店以来、庄内に暮らす生産者のもとを訪ね歩き、食材の持ち味を最大限にひきたてる料理にして店で提供し、強い絆を結んできている。

野菜・魚・肉は決して圧倒的に特別なものではないが、その店を訪れた人は、 「自分の命が元気になる」 「働いている人とふれる事で寿命が延びる気がする」 とつぶやいている。

 ザ・リッツ・カールトンホテルでも同じだと元日本支社長の高野登氏からお聞きしました。お客様から指示をされれば誰でも出来ることを、指示される前に自分から一歩相手に近づく。そしてお客様の心に寄り添って、何をしたらいいのかを考える。その考えるプロセスからホスピタリティが生まれていくのである。

 よく誤解されるが、サービスとホスピタリティは違っている。サービスとはお客様との間の約束事だ。その約束を守り続ける限り正当な対価を得ることが出来るが、サービスの延長上にホスピタリティはないのである。サービスの延長上に満足や大満足はあるが、感動はないのである。サービスとクロスしたところにホスピタリティがあり、その延長上にこそ感動があるのである。ディズニーランドやザ・リッツ・カールトンホテルを例にとるまでもなく、心にホスピタリティがあれば、人には無限の可能性がみえてくるのである。

 新幹線開業を契機として世界中から、日本中からお客様が金沢に百万石の歴史・文化にあこがれて間違いなく訪れる。一年目はホテルがパンクするのは確実だ。金沢の発展は、このお客様をファンにして、リピーターに変え、他に奪われない固定客に出来るかどうかだ。そのキーワードがお客様に新しい価値観を提供するためのホスピタリティである。

サービスをいくらやり続けても、一歩お客様に近づいて、何をしたらいいのかを考えるプロセスが抜けていれば、ホスピタリティは生まれないのである。金沢の官民と住民が一体となってお客様への思いやりや心遣い、親切心を持つ必要があるのだ。

そしてお客様の立場に立ち、コミュニケーションを深め、楽しんでもらおうという感性の共通化が浸透したとき、当たり前のことを当たり前にできるホスピタリティの第一歩が始まるのである。

 もうひとつのキーワードは食。美食の都・金沢を目指すことにある。もともと石川県は海と山との食材に恵まれ、加賀料理を代表とする料理技術は高く、素材の持ち味を十分に引き出して美味しいとの評判がある。しかし加能カニは松葉蟹や越前蟹に比べ知名度と味の点で落ち、その他の海産物も北海道産の知名度と味には一歩譲ってしまう。野菜も加賀野菜として売り出してはいるが収穫量の総量が足らず周知にはいたっていない。石川県は宮崎県の完熟マンゴーの売り出しをベンチマークとして、赤系大粒ぶどうのルビーロマンを売り出した時のように農作物のブランド化戦略の普及拡大をして、知名度を上げなければならない。

 そして料理を生業とする人は、それぞれの目指す料理をベースとしながら、地場産品はもちろんのこと国内外の新しい食材、隠れた食材を見つけ出し、新しい独自の味の世界を探求し広げることを使命と考えなければならない。

県内飲食店、宿泊施設むけには、海外、県外の旅行者用に金沢の料理屋や調理師のトップリーダーのプロデュースによる地元食材を使用した献立を月替わりで何品か提案してもらう。そしてレベルの高い料理として各施設で提供する事により、 地物の良さ」 を知ってもらう取組みが必要だ。もちろん各施設でそのレシピに手を加えることは自由として、料理人の裁量に任せる事とする。

 そしてなによりも重視したいのは朝食である。世界一の朝食といえば神戸北野ホテル、日本一の朝食といえば加賀・山中温泉のかよう亭などが有名だが、旅の締めくくりとしての朝食が、その旅を振り返った時に最もインパクトのある記憶となっていく。前の晩がどんなに素晴らしい夕食であろうとも、朝食は既製品を並べただけのありきたりの和洋のバイキングでは前日からの期待値が高くなっているのに興ざめとなってしまう。

朝食だからこそ地場の食材を大いに使い、手作り感とシズル感のある料理を提供すべきである。金沢全体で日本一の朝食の街を目指すのが最短の道と考えられる。
そして金沢中心部のシティホテルが中心となって、各ホテルで朝食の特徴を競い合い、連泊の方には宿泊のホテル以外のホテルの朝食でもチョイス出来るようにし、金沢スタイルの朝食の消費市場を創出すべきである。

幸いなことに金沢中心部に多くのシティホテルが固まってあるので、金沢駅を基点として各ホテル循環の専用バスで巡るのもおもしろいだろう。朝食ラリー(モーニング・ラリー)が出来るくらいの内容の濃い料理にホスピタリティを調味料とすれば、リピーター獲得の一番の方法となるであろう。

料理とホスピタリティが相乗効果を起こし、何倍にも高められ、感動を生み、美しい思い出として記憶に刻みこまれるのである。

参考資料
・長野新幹線 H9・10開業
開業前(H8.10~H9.9実績):『JR東日本報道発表資料』開業後:『平成23年度鉄道輸送統計年報』(H24.10 国土交通省)
経済波及効果:『北陸新幹線(高崎・長野間)事業に関する事後評価対応方針』(H20.3 鉄道・運輸機構)
・東北新幹線 H14・12開業
開業前(H13.12~H14.11実績)開業後:『JRむ東日本報道発表資料』
経済波及効果:『東北新幹線(盛岡・八戸間)事業に関する事後評価対応方針』(H20.3 鉄道・運輸機構)
・九州新幹線鹿児島ルート 新八代~鹿児島中央 H16・3開業
開業前(H15.3.13~H16.3.12実績):『JR九州公表資料』 開業後:『平成22年度鉄道輸送統計年報』(H23.10 国土交通省)
経済波及効果:『九州新幹線(新八代・鹿児島中央間)事業に関する事後評価対応方針』(H21.3 鉄道・運輸機構)
・九州新幹線鹿児島ルート 博多~新八代 H23・3開業
全線開業前(H22.3.12~H23.3.11実績) 全線開業後:『JR九州報道発表資料』(H24.3)む鹿児島県 経済波及効果:『新幹線全線開業の経済効果について』(H24.3 鹿児島地域経済研究所)
・石川県における経済効果の予測:新幹線開業影響予測調査(平成19年3月)
・日本政策投資銀行の試算:北陸新幹線開業による石川県への経済波及効果 2013年3月による
・東洋文化研究者の米国人アレックス・カー(Alex Kerr)氏は、その著書『犬と鬼―知られざる日本の肖像―』(pp.182-183)で述べている。