日本人は魚を食べなくなったのか

豊洲市場の視察から

豊洲市場の視察から

2000年代に入り「日本人の魚離れが進んでいる」とよく耳にします。
日本人は魚が嫌いになったのでしょうか?
本当にそうなのでしょうか?

近年、水産物の国内流通量が減少しています。また、平成30(2018)年度に消費地市場を経由して流通された水産物の量は、20年前の約5割となり、水産物の消費地卸売市場経由率は約47%と20年前と比較して約3割低下しました。(水産庁のHP・水産物の流通・加工の動向より)

和食文化の中心は京都ですが・・・

昔から日本の朝ごはんの定番は、塩サケとワカメの味噌汁、そしてひじきの煮物と言われてきましたが、なんと意外なことに和食文化の中心地である京都はパンの消費量は日本一だそうです。
(ちなみに金沢はアイスクリームの消費量が日本一です。どうでもいいことですが・・・)

話をもどしましょう。
だからそれは魚離れの象徴?「いえ、いえ」

京都の人はパン好き

京都の人はパン好き

「京都人は新しいもの好きだから」とか「美味しいパン屋さんが多くあるから」とか言われていて「京都人の9割が、朝にパン食」の噂もあります。

京都は『ぶぶ漬けでもどうどすえ』の「ぶぶ漬け伝説」で有名ですが、昔は、モノづくりの西陣を中心に時間短縮のために、サラサラ~って食べるお茶漬けが普通の朝食だったらしいです。
おかずは「壬生菜」か「おこうこ(たくわん)」の漬物。

だとすると「京都人の朝食はパン」と魚離れ、魚嫌いとは関係ないですね。

食べなくなったのではなく、食べられなくなった

水産庁の水産白書においては、「魚離れ」の原因を、

①子どもが魚を好まない
②調理が面倒
③肉より割高
と分析しました。でもこれは本当でしょうか。

子どもが魚を好まない。これは思い込み

「若い世代は魚介類より肉類を好み、やがて中高年になると魚介類を好む」という都市伝説は本当でしょうか。
ぐるなびの調査で「小学生の好きな食べものランキング」では以下の通りです。

子どもと大人の好きな料理ベスト10

子どもと大人の好きな料理ベスト10

このランキングでは、意外な結果が出てきました。

子供も大人も寿司が好きとわかります。おそらく人気の秘密は回転寿司だと推測されます。
既成概念で1位は焼き肉と思いがちですが、子供は7位と大人は圏外というのは意外ですね。
子どもが魚を好まないというのは思い込みに過ぎないのではないでしょうか。

調理が面倒。これは間違いないけど・・・

ライフスタイルの変化により女性がフルタイムで仕事をするようになり、毎日買い物できなくなると、肉より鮮度が重視される魚は買いづらくなるのは間違いありません。

町の魚屋も少なくなり、スーパーでは魚屋のように食べ方を聞けないし、気軽に下処理を頼みづらいので、さばき方が分からない、あるいは面倒くさい。それに共働きで下処理の時間もない。

また鮮度が落ちやすく、ハラワタの処理や魚焼き器を洗うことが面倒など、魚を家庭で料理するうえでのハードルはいくつもあります。

切り身の魚やアジやイワシなど調理に手間がかからない魚も多いのですが、臭いや汚れを気にして魚焼きグリルを使うことを敬遠する人も増えているといいます。

しかし旅行会社が宣伝する地方旅行の目玉は温泉でありグルメであり、その中でも新鮮な魚介類の刺し身がメインとして大きく写真になりカタログに取り上げられています。日常でも利用する飲食店は新鮮な魚介類を目玉にする店が選択肢の一番に挙げられているようです。

旅先で食べたいものは?

旅先で食べたいものは?

魚料理を作りたがらない人も、食べるのは好きという場合が多いようです。
好きなのに食べない。食べることができない。この解決策は、やり方次第なのではないでしょうか。

魚が高いから買わない?

極端な一例、メロの話

昔の話で若い人には申し訳ないのですが、1980年代の後半に、焼き魚でも煮魚でも冷めても柔らかく身がポコポと取れて美味しい「銀ムツ(メロ)」という業務用しか使わないレア魚がありました。
最初は和食の料亭でのお弁当に使われ始め、使い勝手が良くお手頃価格なため重宝された食材でした。

銀むつ(メロ)の西京焼

銀むつ(メロ)の西京焼

銀ムツは南極近辺の寒い深海(水深1200~1800メートル)に棲む魚です。寿命は40~50年で、大きいものは体長150センチを超え、体重100キロ超にもなります。白身で脂の乗りが良く、焼いても煮ても美味しいのです。

「安くて美味しい」そんな商品をスーパーが見逃すわけもなく、あっという間に市中に流れ始めました。業務筋では、日本近海で取れる魚ではないため「勘弁して、なくなるよ~!」「スーパーで売らないで~!」との悲鳴も聞こえました。

2000年ごろまでは、世界の中でも日本がメロの主な輸入国でしたが、こんな美味しい魚をアジアの隣人が黙って見逃すはずがない。中国がメロ買いの強力なライバルとなり、欧米各国もその中に加わり日本は買い負けの連続となってしまいました。

年間輸入量は1998年は約2万トンだったのに、2012年には2382トンになり、その10年後にはわずか207トンと100分の1以下に急減してしまいました。もちろん値段は天井知らずどころか、その姿を見ることもなくなってしまいました。(わずかにカマだけが市中に流れています)

切り身の銀むつ

切り身の銀むつ

メロに限らず、ズワイガニもすり身の原料となるスケソウダラも、中国をはじめとする外国での健康志向のブームにより水産物需要が高まり、原油高やロシアのウクライナ侵攻以降の混乱に伴う輸送コストアップ、そして円安が原因となり右肩上がりが止まりません。

イワシやサンマなどのように、漁獲量の減少により、スーパーから一時期見かけなくなったケースは消費者にもわかりやすいのですが、メロの場合は買い付け競争がおもな原因のため、いつの間にか見なくなってしまったという印象です。

ある程度まとまった量があり、脂がのった白身魚は「銀ダラ」か「カラスガレイ」くらいかしかなくなりました。これもいつまであることでしょうか。

買い負けしている日本

2001年から、鮮魚全体の消費が落ちているのは、日本で魚が取れなくなったこともありますが、世界的な魚の値上がりで、輸入が減少しているのが理由です。こちらは構造的なので、今後も魚の消費量は下がっていくものと思われます。ただ、これは、消費ではなく供給の問題です。日本の消費者が魚を避けているのではなく、買い負けによって世界中の魚が日本から離れているのです。

買い負けて、輸入量が減っているのがわかります。

買い負けて、輸入量が減っているのがわかります。

「子供が魚が嫌い」とか「調理が面倒」「価格が高い」などと理由付けしていますが、状況が改善されれば消費は盛り返すと深読みできます。
ただ豚肉や鶏肉と魚を比べると、重さでの比較ならば肉の方が圧倒的に価格は安く、食べた時の満腹感も感じやすいです。食料品の高騰が話題になっている昨今、価格が高い魚に手を出しづらい家庭も多いのかもしれません。

データーでの裏付け

水産庁が発表した「平成29年度水産白書」でも、1989(平成元)年からの2007(平成19)年までの10年間の総務省家計調査によれば「水産物の価格が上昇傾向にある中で、購入量は減少しているものの、消費者の購買意欲自体が衰退しているわけではないとも考えられます」と分析しています。

確かに購入量・購入金額は減っていますが・・・

確かに購入量・購入金額は減っていますが・・・

また、2014年3月4日の朝日新聞記事「魚料理 外食におまかせ」によれば、ぐるなびの調査で、外食で魚を食べる頻度が増えたという人が多いことが判明しています。

スーパーの魚売り場を歩いてみると、サバはノルウェー、サケはロシアやチリ、タコはモーリタニア、エビはインドネシアなど・・・。和食に欠かすことのできない、おなじみの魚種が、いまや世界中から日本にやってきています。

魚離れは社会全体で作ったのでは

食卓における魚の調理は肉食よりも手間がかかるうえに、子供が小骨を嫌がるなど魚食のハードルがあることも事実で、魚が敬遠されるというのはわからないでもないです。

しかし、「魚離れ」を助長したのは、生鮮食品の主たる購買場所が、特に町の魚屋さんからスーパーマーケットに変わったことが大きいのではないかと考えられます。

スーパーは基本的に、本部による大量集中仕入れでコストを徹底的に下げ、セルフサービスによって効率性を上げて、店舗作業を徹底的に標準化し、例外が出ないようにして規模の経済を追求し続けて商品を安く提供するという、チェーンストア理論の仕組みに基づいています。

鮮魚に関しては食べやすい切身にしてからパックして売場に置きっぱなしにして、人手をかけないようにして売っていることがほとんどですが、この販売方法は鮮魚の販売にはあまり合わないのではないでしょうか。

肉はざっくり言ってしまえば、鳥・豚・牛の3種類しかなく、その調理法はある程度知られていますが、魚は多様な魚種があり、それぞれの食べ方が違う。誰でも知っているサケ、マグロ、ブリ、アジ、サバなどはいいとしても、それ以外の魚の食べ方を熟知している消費者は多くはありません。

食べ方がわからない魚を売場に置いていても売れる訳もなく、聞いて教えてもらう店員さんもいない。売れないから売場は狭められていく。こうした繰り返しがスーパーにおける鮮魚売場の売上を落とし、結果的に需要も落ちていきます。この悪循環が長きにわたったことで、魚は食卓にのぼる機会を失ってきたのです。

またスーパーでは店頭の売れ行きを見て発注するので、どうしても、サバ、マグロ、サンマ、スルメイカなどといった、ありきたりの売れ筋商品ばかりが店頭に並ぶことになります。
「初めての魚を試してみたい」という、ある意味での『体験願望』『食の楽しみ』をなくしてしまっています。

全国の卸売市場の売上を見れば、確かに年を追うごとに直接業者から買い付ける市場外流通の影響は、日本の人口減少も加わって大きく落ちています。例えば鮮度が落ちにくいマグロの場合は、半分が市場外流通となり、人口減少も加わって大きく売上を落としています。
しかし鮮度が重視される鮮魚は市場を通すほうが早く消費者に届くのです。なのにこのメリットを生かしきれていません。足下の金沢中央市場はというと、全国と同じ流れでH4年をピークにH30年には半部にまで売上が落ちてしまいました。

金沢中央卸売市場の売上推移

金沢中央卸売市場の売上推移

近々のデーターは上記のとおりです。(金沢市中央卸売市場事業特別会計決算書より)

ますますスーパーでは鮮魚が売れなくて困っている店が多くなっています。
店頭の動きを重視するあまり、魚嫌いの人が増えて消費が減退していると結論するのではなく、売り場が面白くなくなっているからで、ワクワク感が消えているからだと理解しています。

金沢中央市場売上を詳しくグラフにしてみました。

金沢中央市場売上を詳しくグラフにしてみました。

スーパーには決して安くできない仕組みがある

魚は水揚げ量によって値段が大きく動きます。昨日一匹100円のものが今日は30円ということもあり、その逆もあります。
その原因は鮮魚は日持ちしない商品だからです。水揚げされた魚はその日に売り切るのが原則で、翌日には大幅に鮮度が落ちてしまいます。つまり翌日には廃棄するしかなく、ロスになるリスクの高い商品なのです。普通のスーパーでは7~9%くらいがロス率といわれています。

スーパーの鮮魚売り場

スーパーの鮮魚売り場

また大手スーパーに限らず地元の中小スーパーでも、水揚げ状況に関係なく、何日も前から値段の入ったチラシの原稿を入稿してあるため、その日に高くても買わざる得ず、「ない」ということができません。危険負担分の金額を上乗せせざる得ません。そして売れ筋の魚を必ず一定量確保しようとするから売値が跳ね上がるのです。

「一定の価格」「一定の量」「一定の品質」「一定の規格」の 『 4定 』がスーパーの不文律なのです。
「今日はアジが高かったから少なめにして、カワハギを多く仕入れる。」ということができない仕組みなのです。これが出来るのは、チェーンストア理論とは異なる、個店主義のやり方です。
チェーンストアは、ロス率のリスクが高いため魚の値段は割高になり、品ぞろえに変化がなく、顧客一人一人のニーズにまで手が回らなくなり、お客様の支持を失っていくのです。
魚が割高となり、魚が売れない理由がここにあります。

スーパーが多店舗化を進める一方で、それぞれの地域に根差し、お客さんの細かなニーズにこたえてきた小規模小売店は、姿を消していきました。水産庁でさえ「いわゆる“町の魚屋さん”が、魚介類の旬や産地、おいしい食べ方などを消費者に教え、調理方法に合わせた下処理のサービスなども提供して、食生活を支えてきた」と、その存在意義を認めています。
しかし国や水産業界団体の調査では、近年、消費者の7割以上がスーパーで魚を購入すると回答しています。

加速したのはリーマンショック以降です。消費低迷が続き安いものばかり売れていくので、「安ければ売れる」という考えに凝り固まって、ロスが発生するのを恐れ、次第に美味しくても高い商品が棚から外されていきました。
いつ行っても同じ魚しかなく、とうとう選択の余地がなくなってしまって「もっと美味しい魚がある」という消費者の意識すらなくなってしまいました。これが魚介全体の需要減に拍車をかけたのは間違いないと思います。

恐ろしいのは飲食店へ卸す業務用の魚屋でさえ、ロスを恐れいつも同じ魚しか仕入れることしかせず、バラエティーある品揃えをしなくなりました。これは逆の立場からすれば料亭・レストランの献立の幅が狭くなり、食文化の発展の障害になりつつあるということです。

この一連の流れに逆らい魚屋のイノベーションを行い成果を上げている会社があります。
その売場を見学してきましたので「食材の旅」の中でレポートさせてもらいます。
その会社の名前は「角上魚類(かくじようぎょるい)」です。
一般消費者むけの小売店で個店主義を復活し、いまや全国22店舗を出店し、年々売上を伸ばし続けいまや400億の売上を叩き出しています。

小平市の角上魚類の店頭の様子

小平市の角上魚類の店頭の様子

一旦は消えかかった個店主義とチェーンストアー主義、どちらが正しいのか、お客様のためになるのかはこれからの歴史が証明するでしょう。次回の「角上魚類」の記事をお待ち下さい。

オマケ:脱・あるいは進化したストアー理論が求められています

ここからはオマケの独り言です。
懐かしいですね。大学時代のゼミではチェーンストア理論を中心に学びました。
ちょっと横道にそれますが、日本で提唱したのが渥美俊一氏(2010年に死去)でカリスマ中のカリスマでした。
彼の唱えた「巨艦主義」や「大型店舗主義」は、効率的な経営と競争力の強化を目指す多くの企業に採用されました。ダイエー中内さん、ジャスコ岡田さん、イトーヨーカドー伊藤さん、ニチイ(旧マイカル)西端さん、ユニー西川さんなどそうそうたる人に影響を与えています。
チェーンストア理論の基本は、本部主導の徹底管理です。各店舗に仕入れ権限などをもたせる個店経営は否定しています。しかしいまこの理論は破綻しかかっています。

ドン・キホーテは2019年には業績が低迷していた総合スーパー・ユニーに出資し、店舗に自由裁量を与えて個店経営に突き進み、「ドンキ化」して、チェーンストア経営から個店経営に大きく切り換えて、成長を続けています。売る気持ちが弱かった現場社員に仕入れ権限を与えて自ら売るように変えて、業績は一気に改善し、営業利益率はGMS業界屈指の高さとなっています。

またスーパーではありませんが全国800店舗を超えるユニクロでは、都市部の大型店舗には本部から現場へ大幅に権限を委譲しています。